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NOVEMBER'S JAY

周杰倫という天才にホレて… ただただ呟いているまり&あいの二人による自己満ブログです。

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2008-08-09 [ Sat ]
Jay―成長①  の続きです




Jay:あのころは会社に寝泊りしていた、ソファーがあれば眠れたし。私は大学に受からなかったけど、仕事はあった。あのときの自分はそれだけで頑張れた。絶対いい音楽を作ってやる!期待を裏切らないようにね。本当はお母さんは私が大学に受かってほしいって期待していたんだ。そのころは塾とかにも行ってて、大学受験1回目は落ちて、2回目も落ちて…それでもういいや、自分は勉強できる子じゃないと思って諦めたんだ。でも音楽の面では自分にとても自信があったんです。

ナレーション:当時会社が契約した8人は次々と居なくなり、最後まで残ったのが周杰倫と方文山だった。

歌詞創作人 方文山:
  彼は天才タイプの作曲家だと思う、で僕は努力して歌詞を書く作詞家って感じ。僕は資料収集しに行くんだ、観察して、たくさんのものを参考にしながらね。でも彼はささっと書くです、ピンときたらもうすぐに!僕たちは部屋に閉じこもって、たったの何時間で作品を完成させちゃうときもあるんです。

Jay:多くの人は曲を作るときに簡単に却下させちゃうことがあるんだ、でも彼と協力して作った曲は当たりが多い!もし僕の曲に彼の歌詞がなかったら、当たらなかったと思いますよ。でも彼の詞に僕以外の曲を組み合わせても当たったりしないんだ。二人で一緒に協力することで、他の人に使ってもらえるの。なんだか一種のブランドにもなった感じです。一つの感覚、一つの暗黙の了解…

ナレーション:二人の無名な小僧が縁あってこの業界に入り、すべては零から始まった。一つのメロディーに一つの詩。二人の年齢は10歳離れて、個性が異なるのにも関わらず、初めての合作でもうすでにお互いの‘味’を引き出せた。

Jay:方文山は自分でバイクに乗って私たちが録音したDEMOを届けに行くんです。「使いますか?」「使いますか?」ってね。で私は会社で電話を待つんです。電話が掛かってきたときは本当に本当に嬉しくて、みんなで‘通化街’に行ってご飯食べてお祝いするんだ。方文山と一緒にサンダルに短パンの格好で鉄板焼きとか食べたり、金魚すくいとかで遊んだり、なんでもやったよ。本当にいい思い出なんですよ。今でも‘通化街’の近くを通るとすごく見てみたくなるんだ!でもどうやって行けばいいのか分からなくてね…

ナレーション:多くのスターに曲を書き続ける日々の中、杰倫も自分で歌ってみたりした。「可愛女人」の一曲はかつて歌手だった楊峻栄に流行曲の永遠の生命力を感じさせた。

楊峻栄:4分間聞いて、聞き終わったときに…「この曲はあなたが歌ったんですか?」「はい」「あなたが書いたの?」「はい、僕が書きました」「合声は?」あのハモリはとても綺麗だったんだ!音楽の生命力が聴き取れたんだ!彼は「はい、僕がやしました」と。「誰が歌ったの?!」「僕です」「誰が編集したの?!」「僕です」 …僕はすごく驚き、彼に「ちょっと待ってね!」と伝え、すぐに宗憲に電話したんだ!

ナレーション:歌手からレコード会社の経営者に転職をした楊峻栄はこれをきに杰倫を歌壇に押し出した。余計な装飾とわざとらしい演出を排除し、彼が選んだのはありのままの周杰倫だった。

楊峻栄:当時宣伝部の同僚にこう言われたんだ「栄兄さん、彼の両親離婚したんですよ?どうやって記者に説明すればいいんですか?しかも彼大学にも受からなかったんですよね?どうやって言えばいいんですか?」と。僕は「すべての事をキレイに公開しましょう」といったんだ。これが彼の一番のいいところでもあったんですよ。芸能人になるということはその人をいかに上手く演出出来るかに掛かっているんだ。僕は皆さんに彼を理解してもらうためにわざとそうしたんです。彼は大学に受からず、両親も離れ離れ、それでも彼は一つの事を成し遂げたんです!音楽をね!

ナレーション:バックステージからステージに歩みだした彼はファーストアルバムをリリースした途端、音楽市場で旋風を起こしたんです。‘金曲賞’と‘最優秀アルバム賞’を獲得した。‘音楽’は杰倫に自信を取り戻してくれた、未来の方向性も教えてくれた。

Jay:昔は自分の声に自信はなかったんだ、だからたくさんのことは全然予想もつかなかったよ。そのときは当時使われなかった曲で自分を証明しようと思ったんだ。使われなかったけど、やはり自分は‘diao’だと思うよ、だから歌い直したの。本当は他の人に書いた曲がたくさんあったんだ、一枚目にはね。

ナレーション:その後1年1枚ペースで発売されたアルバムは毎年のように売上1位に輝いた。売上枚数は累計で2000万枚を超えた。台湾レコード業経済の奇跡とも言われた。

Jay:現在の多くの音楽の歌詞は方文山の味があると思うとか、歌い方は周杰倫の歌い方と似てるとか。こうなってからやっと自分は成功したんだなと思うようになったんだ。非主流のものを主流に出来たから。

楊峻栄:彼は本当に努力をしているんだ。彼は自分自身がどんな風に人の目にうつっているかをとても気にするんだ。彼はどうでもいい適当な人間なんかじゃない、ちょっとでも違うと全然違うと思っちゃうような人間なんです。どんなに小さなポイントでも彼はこだわり尽くす。彼の音楽は‘絶対’なんです。

ナレーション:他の歌手とは違い、杰倫は最初から自分の道を歩んできた。彼の曲風は原本にある、彼の題材は常に新しい。彼は音楽でマジックをする、時空を越え、世代を跨ぐ。

Jay:私のスタイルはスタイルがないと言う事。どういう曲でも書けるよ、これもすごく‘diao’だね。江恵の「落雨声」も書ければ「千里之外」みたいな中国風の曲も書ける。発音がはっきりしている「菊花台」も歌えれば、「雙截棍」も歌える。たくさんの種類、ロックな感じとか、スイートな感じ、悲しい感じとか、色んな情緒があるんだ。あとパパラッチを風刺する感じとか、親孝行の歌を書いたりね。言い切れないよ。色んな色があって、ぶっちゃけ私は欲張りな芸術家だと思うよ。

~♪千里之外~
Jay:自分の攻め範囲を拡大するには年いってる方を探すといいかも、自分の曲を聴いてくれるしね、その方とコラボレーションするんだ。

方文山:当初はいくらにぎやかなでもその内、年齢層的に制限されちゃうんだ。しかしこういうバラード、しかも文化を感じさせるような、いわゆる中国風の歌を書くと、歌を聴いてくれる年齢層も拡大するんだ。

~♪本草綱目~
Jay:この曲は漢方について書いてあるんだ。漢方を曲に取り入れる人間なんて居ないと思ったから、‘diao’でしょ?それで、方文山に漢方の名前をいくつか考えて貰って自分でつなげたんだ。実はすこし風刺な感じも入ってて、外国にこびたりする人間に対してね。

ナレーション:独特な台式ラップに懐かしい情緒風景。流行の音楽はこうして遊んだりも出来たんですね。こういった新旧のものの異色な組み合わせ、特別な聴覚に特別な視覚は音楽世界ではかつて見たことがありませんでした。

楊峻栄:彼はスポンジだ。彼は西方の音楽、R&B、あと東方の音楽などなど。彼は聴けばそれらを自分に浸透させられるんだ。彼はだたスポンジだけではない、彼はミックスも出来る。ミックスして出来上がったモノは彼自身のオリジナルとなるんです。

ナレーション:彼の歌声はいつのまにか一つの時代を代表する歌声となっていった。数々の杰倫の曲が教材や試験の題材にも選ばれた、レポートのテーマにもなったことがある。

方文山:故意にそうしなくてもいい時がもうすでに人に影響力を与えているんだと思います。私がシンガポールに行ったときに、そこに居た少年に言われたんだ、彼らは私たちの曲を聴いて、その歌詞の意味が知りたくて中国語を勉強し始めたんだってね。

ナレーション:新作が出来上がるたび、杰倫は毎回忘れる事無く、自ら心中の感謝を書き下ろし、アルバムにサインして先生に送った。小さいときから杰倫が成長して、母子二人情深く一緒に歩んできたのを見てきた先生は「聴媽媽的話」の一曲で、また深く考えさせられた。

甘博文先生:通常20代の子供、特に男の子、お母さんの事なんてとっくにもう頭にないですよね、自分の考え方があったりしてね。しかしそのときに杰倫はなんとこんなにすばらしい曲を書いたんですね・・・(続く)

◆…◆…◆…◆…◆…◆…◆…◆…◆…◆…◆…◆…◆…◆…◆

今日まる一日を使って訳しました…^^;
読んで頂いてありがとうございます!
どこか変なところがあったりしたら、是非教えてください!直しますので 汗

続きはまだこれの倍はあります(全部で4つの動画です)
頑張って続きも訳したいと思っていますが、少々時間がかかります・・・^^;


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2008-07-21 [ Mon ]
知ってはいたんだが、長くて中々見る気にならなかったこの動画たち…
実は中身が半端なく感動できちゃう、ジェイ・ドキュメント。


中国語が分からない日本のジェイファンにも、是非一緒に感動してほしくて
もうこんな時間(03:34)ですが、迷わず翻訳開始!

まずはこれ



記者:あなたにとって音楽とはなんですか?
Jay:んー音楽は水を飲むのと同じだね。毎日必要だから

記者:映画は?
Jay:映画は、新鮮感!

記者:あなたの最大な長所はどこだと思いますか?
Jay:最大な長所…創作力です

記者:欠点は?
Jay:欠点は、ちょっと性格上根気強くないところかな

記者:自分の容貌でどこが一番満足ですか?
Jay:まだいいや、鼻かな?鼻はお母さんに似ているからね

記者:じゃあ一番嫌いなのはどこですか?
Jay:目が小さい。でもOK!お母さんも目小さいですし、見た目ちょっとアジアっぽい感じで

記者:あなたが一番恐れているのは何ですか?
Jay:一番怖いの…ない

記者:あなたの一番のライバル(敵)は何だと思いますか?
Jay:メンツ!メンツだと思う

記者:成功はあなたにとってどういう意味があると思いますか?
Jay:成功…勝ちたがりですね。勝ちたがり屋だから成功するんだ

記者:あなたのストーリー、私たちが二文字で標題を付けました『能力』
Jay:あよ? カッコいいカッコいい~
記者:OKだと思いますか?
Jay:いいねいいね~

記者:じゃああなたの最大の「能力」とはなんですか?



~コンサート映像~
ナレーション:次世代の異空間に来たかのように、羽の衣装と華麗な鎧を身にまとうジェイチョウが舞台の下からゆっくりと上昇してくる。全会場がそれに熱狂する。

~コンサート舞台裏映像~
Jay:コンサートね、ファンとの交流だよ。でも他にも理由があってね、自分のためになるんだ。自分んちの小さい子たちのためにね~南拳媽媽とか。もちろん自分の友達、畊宏とかにもね」

~コンサート舞台上~
Jay「俺の縄張り~?」
ファン「俺の話を聞け~!」
Jay「あよ俺の縄張りだぞ?笑 もう一回!俺の縄張り~?」
ファン「俺の話を聞け~!!」

記者:舞台の上に居る気分はどんな感じですか?
Jay:興奮だね興奮。それで自分の役割を果たせるように!みんなに自分が進化しているのをみてもらって、毎回違うコンサートしているのをね。

~♪髪如雪~
ナレーション:手に持っている蛍光棒を振りながら、全会場6万の観客はジェイと一緒に、最初の曲から最後のアンコールまで一文字も逃さずに歌い挙げる。


メイク師 杜国璋:
 台北で初めて舞台に上がったとき、彼のあの緊張の様子は僕が言い表せない…くらいでしたね。彼が「杜にーさん、ちり紙ありませんか?」と聞いてくるから、どうしたの?って聞いたら、彼が自分の手を見せてくれて、手には汗がびっしょり!かいたんです。でも今の彼にとって、舞台に上がって歌うことは一種の享受なんです。


~コンサート映像~
Jay「準備はいい~?」

ナレーション:台北から始まり、上海、香港、東京、シンガポール、ロスアンゼルスまで、「周杰倫」の三文字はチケット売上の保証ともなったいた。コンサートの足跡とともに、彼は新しい音楽領地を獲得した。さらに華語音楽を盛り上げることが出来た。

Jay:毎年進化してからコンサートを開くんです。次のコンサート、来年とかはいかがですか?
ファン:好~!(いい~!)
Jay:皆さん来てくれますか?
ファン:会~!(いく~!)
~「周杰倫コール」~



~子供たちに歌を教えるシーン~
先生「こんな狼みたいな声はだめー」

ナレーション:小さいころからジェイは音声にはとても鋭かった。4歳のときにお母さんにここの音楽教室に連れられてきた事は杰倫音楽の始まりとなった。杰倫は五線譜の上に書かれた‘もやし’みいなのにとても興味を持っていた。しかし教室での彼は永遠に一番沈黙していた一人でした。

音楽講師 戴国瑛:
  私が毎回彼に質問してでも彼は一回も回答してくれなく、全部他の子が先に答えてしまうんです。私が「杰倫?杰倫?と呼びかけ、先生はあなたに聞いているのよ~?」って言うと、彼は目を合わせてくれて、そんでニコって笑うの、でもやっぱり答えてはくれない。本当に怒ったときもあったわ。

ナレーション:怒ることはあっても、戴先生はやはり彼の音楽の潜在力を見逃さずに、熱心に杰倫を音楽教室のピアノの先生に推薦した。

戴先生:彼はとても栄誉感の強い子供で、頑張れる子だと思った。

ピアノ講師 甘博文:
  初めての授業のときは、お母さんが小さい杰倫を連れてきて、そのときの杰倫は小さいジャケットを着てきたんです。僕は「えーこんなの初めてですよ!ただのピアノの授業なのに、こんなに正装で演奏会にでも行くかのような格好してくる子初めて見ましたよー」と驚きました。

ナレーション:杰倫は毎週末お母さんにココに連れられてきてピアノを習った。音楽は分からないし、ピアノも弾けないお母さんでしたが、いつも杰倫の横に座って一所懸命メモを取っていた。

甘先生:今週要求したもの、来週になると彼は心を込めて引いてるのが分かるんです。記憶力がいいんだね!って褒めると、杰倫は恥ずかしそうに横にいるお母さんをチラッと見るんだ、家ではいつもお母さんに指摘されていたみたいですね(笑)

ナレーション:黄ばんだ鍵盤の上で、教師と生徒の二人はショパン、バッハ、モーツアルトなどの多くの世界名曲を弾きながら、10個の春夏秋冬が過ぎ去っていった。

甘先生:杰倫でも間違えることはあった。間違えると僕が指を押してやるんです、それで彼は出来るようになる。彼はもうやりたくないとも言わないし、先生を変えてくれとも言わなかったんだ。

Jay:彼は本当に厳しかったんだ!でも厳しい先生のもとにはいい生徒が生まれると聞いていたから、だから厳しいのは正解だと思うよ。本当ですよ、もし彼がそんなに厳しくなかったら、私はきっとだらけていたと思う。もう一つはお母さんに怒られるのが怖かったから。いきなり「もうやめる」なんて言ったら、絶対お母さんに殺されちゃう(笑)

ナレーション:母子ふたりは雨にも風にも負けず10年間ピアノ教室に通い続けた。しかし杰倫が14歳のとき、両親は離婚し、ピアノの授業もココまでとなった。それから七年後、甘先生は一本の電話を取った ―杰倫のお父さんからだった

甘先生:お父さんは「私が電話したのは、杰倫がCDを出したことを伝えたくて…彼は自分で曲を作って、自分で歌っているんですよ、今流行している曲風みたいで…」と言ってたので、私はとても驚きました!

ナレーション:この一粒のピアノの種がある日急変して、立派なピアノ演奏家になるのではなく、華語歌壇のスーパースターになることを、甘先生は考えも考えもしなかったのだ。



ナレーション:1997年8月、あるテレビ番組で司会者のジャッキー・ウーがこの男の子をみて、ちょっとだけ才能があるかもと思い、自分のレコード会社に入れた。これが杰倫の人生を変えるきっかけとなったのです。

Jay:この番組にはある後輩が応募してくれたんです、考えもしなかったよ、こうしてこの業界に入っちゃって。だから多くのことは全部運で人生の折り返し地点になったりしてるのだと思う、
。私はたまたま伯楽(※人物を見抜き、その能力を引き出し育てるのが上手な人)に出会ったんだ。

ナレーション:このガラス張りのビルの中で、杰倫は彼の創作人生を始めた。さらにここで会社のレコーディングルームが自分の家かのような生活も広げた・・・




この動画はここまでです、ちなみに今は朝の06:20^^;
睡魔に襲われることなく、ここまで一気に訳しました!
基本全部聞こえるまま日本語にしているだけなんで、きっと日本語として変な部分がいっぱいあると思いますが(;_;)どうかお見逃しください。。。泣

でも、これはまだこの番組の4分の1?くらいかな、汗
まだまだJayChouの人生の始まりくらいしか語ってない部分でしたね;

この続きはまた後日にUPしますので、興味ある方だけどうぞ。。。汗


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まり&あい

Author:まり&あい
上海生まれのあいと
中国語勉強中(?)のまりの
二人で、大大大好きな
周杰倫について
のんびり語っていきます。


Jayの歌はもちろん、
映画も好きだし、
声も仕草もすべてが好き~☆
2人とも社会人になり、以前より
随分更新が減りましたが
のんびーり続けて
いきたいと思います・・^^



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更に嬉しいです^^

☆魔杰座☆

☆…☆…☆…歌詞&訳…☆

♪稻香



☆…☆…☆…歌詞&訳…☆

♪喬克叔叔



☆…☆…☆…歌詞&訳…☆

♪説好的幸福呢



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